シンプルライフ時々晴れ^ ^

周りをよく観て、自分も観えてくる

発想したいときは、発想しようと思わないことだ。別のことを考えましょう。

こんにちは。

 

いきなりですが、言語化って何だよ?となると具体的には、

・紙にペンで書く

・キーボード入力する

フリック入力する

・音声にしてしゃべる

・頭の中で想起する

等がありますが、いずれの方法でも言語化するという括りで違いはありません。

 

一方で、個人の癖や好みとして、この方法だとこの発想は出にくい/出やすいというものがあります。

ペンで書くと字の大きさや筆圧で、しゃべると声のトーンや大きさで、そのときの自分の状態が違うなと感じられます。

 

そして、これを書いている現在に「きっと今意識できていることも無意識の領域に沈んでいくんだろうな」と感じております。

それはそれで構いません。何層も何層も重ねていき、個人個人の特徴となっていくのでしょう。

 

前置きはさておき、発想という言葉が上で出ました。発想は飛び飛びで浮かんできて(おそらく無意識と意識が行ったりきたりすることによって、認知が断続していると解釈しているために、発想が飛躍していると感じているのでしょう。)

↑そのように仮説を立ててみると、何もないところにひとつの形を描くことができ、考えるのは楽しいなと思っています(レベルはそれぞれですが)。

 

思考は言葉と言葉の結びつきで起こる側面があると思っているため、関係がないと思っている言葉同士をくっつけてみて、意味を付与するトライをたくさんする必要があると感じています。

 

何のためにか?

 

それは、新しい発想があると単純にワクワクするからです。

関係がなかったものが出会ったときに、とんでもないエネルギーが生まれると思うからです。

携帯電話なんかも、固定電話しかなかったときに、いつでもどこでも人とコンタクトしたいという想いがモチベーションとなって、電話と携帯を結びつけました。

 

触媒になるのは五感でダイレクトに感じている、人の原始的な想いだと思いますね。

 

個別の材料は既に存在していて、あとはそれらが出会ったときにくっつける触媒(ニーズとも言いますか)に気づいているかだと思っています。セレンディピティとかいう単語もその要素を良く表していますね。

 

今は具体的に何が良いかというのはわかっていないのですが、5年後、10年後とかで、現在では想像の及ばない世の中になっているかもしれません。

 

ミニマリスト的観念も、個々人の言葉にならない想いがあって、中身が熟成されている勢いを、ここ最近感じます。

ミニマリストの良いところと思うのは、いろいろとそぎ落としていくことで、麻痺していた五感が鋭くなることです。

抽象的で申し訳ありませんが、感じることをまず受け入れて、その感覚をエネルギーとして何かに使えると考えています。

具体的には?となると、上手く言葉にできませんが、言葉を超えたところにあるかもと何となく感じています。一方で、言葉にすることではっきりとするとも感じるので、常に考え続けることが生きていくことかなと解釈しています。

minirun.hateblo.jp

 

 

以上。

読んでいただいて、ありがとうございます。皆さんが元気でありますように。