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悩みを減らすのは簡単だった。「忘れる」に気づけば良い【読書メモ:忘却の整理学】

こんにちは。

忘却の整理学

 

以前から興味のあった外山滋比古さんの書籍を読みました。

 

思考の整理学 (ちくま文庫)

乱読のセレンディピティ

 

なんかが本屋でよく見るものだったんですが、これらは読んでみて挫折してました。

 

今回読んだのは、忘却をキーワードにされていて、

 

記憶と忘却は表裏一体だけど、記憶偏重で忘却はないがしろにされてきて可哀想だったということを書いています。

 

そして、忘却を軽んじてきたひずみが、現代の生きにくさや不健全な思考習慣に現れているのではないかとの提言がされています。

 

意識レベルでは忘れて良いんだよ!

 

↑これが言いたかったことなんじゃないかなと、個人的な解釈です。

意識してると、そのことにフォーカスするので、他のことに目が行きにくくなりがちです。

そうではなくて、そんなに身構えなくても、リラックスして俯瞰していれば、人間の脳は案外忘れようとしても忘れてないことが多いのです。

 

忘れてOKのルールで本を読むと、スラスラと読めることに加えて、書いていることが次々と入ってくる爽快感を感じることができました。

 

大事なことなら繰り返し読んで記憶することにすればいいですが、全体を俯瞰してポイントを押さえるという目的に対しては、読んだ瞬間のその行は忘れてOKとして読み進めるやり方も有効だと学べました。

 

忘れるというのは、自分の中に溜め込まないということ。

忘れることで新しいものを入れるということ。

忘却⇔記憶のサイクルを繰り返して、潜在意識に刷り込んで、知恵になっていくことが、人間のスッゲー能力であると記されています。

 

普遍的なこととして、赤ちゃんが言葉を覚えるということ。

誰に教わるでもなく、聴いたことを忘れて、また聴いて、忘れて、繰り返して生後しばらくすれば言語コミュニケーションができるようになっていきます。

 

これも、忘れるときに些末な情報は捨てて、重要度の高い情報を繰り返し刷り込んでいくことによるものだそう。

 

大人になったとしても、忘却は夜寝ているときに行われていて、朝にはスッキリしている覚えが無いでしょうか。

忘却は自然に起こっていて、我々の脳を最適な状態にしてくれています。そのことは案外気づかれていないようなのが、現代。現代というよりは人類の歴史として忘却=好ましくないという信仰があったようです。

 

しかし、今はコンピュータが出てきて、記憶するという負荷が人間から著しく軽減されています。

 

そんな中でこれから人間に求められるのは、いかに忘れて、いかに軽快な頭でいるか、知識偏重で思考停止にならないかということでは無いでしょうか。

 

入れて出して、エネルギーを循環させる。

 

ミニマリストだったとしても、捨てて停止ではなく、

循環・循環・ and 循環

の中でスイスイと泳いでいきたいなと感じた次第です。

 

悩んでいるのは、それに固執して忘れてはいけないと勝手に信仰してるだけだから、もっとリラックスして、気楽に忘れるようにしたらどうですかね、といったお話です。

 

 

以上。

読んでいただいて、ありがとうございます。

 

minirun.hateblo.jp

 

 

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