シンプルライフ時々晴れ^ ^

周りをよく観て、自分も観えてくる

言葉は記号でしかない側面がある一方で

こんにちは。


言葉として世の中を認識していることと、矛盾するかのようなタイトルです。


言葉は媒体でしかないということで、本質的な概念はその瞬間の体感でしか表現しようがないなと思います。


アーティストのライブに行ったときの熱気、音がぶつかってくるような振動、見渡す限りライブに関連する映像、光の刺激、圧倒的な存在感、全体の一体感など・・・


例にライブを挙げました。

他にはスポーツやビジネス、学問の議論などなど、夢中になっているときに受け取るものは、言葉だけではないのは、感覚的にご想像いただけるのではないでしょうか?


思ったのは、言葉に自分の体験を包含させて記憶に格納しているのかなということです。


そうすると、言葉から関連付けた感覚が呼び起こされて、言葉で全体の部分を認識していくのかなと考えます。


まず体感。

全体像のイメージを仮に作ってしまう。


そこから、個別のスキルや知識を体系化して、血肉にしていく。


それって俯瞰してみる訓練にもなります。


何事も、部分と全体のつながりを大切にして楽しんでいます。


以上。

読んでいただいて、ありがとうございます。