シンプルライフ時々晴れ^ ^

周りをよく観て、自分も観えてくる

目的を生み出して加速する

目的がないと、人は進みません。


目的というのは、夢中になって追求できるものや、自分以外のために役立ちたい、何か伝えたい、繋がりたい、学びたい


などという、根源的な本能に根ざしたものです。


進むというのは、脳を発火させて脳内麻薬をみずから仕掛けて出し、どんどん新しい知識や経験をしていくために踏み出し、歩みつづけることです。


目的を見つけた人間は、とても大きなエネルギーを出して、別人のように活き活きとします。


自分自身、目的もなく流されて言われるがままで過ごしていたときは、無気力もいいところ、抜け殻でした。


どうして抜け殻だったのかを自問すると、いくつか浮かんできました。


・諦めてしまった

・目的を達成して目的が無くなってしまった

・人の目を気にして自分を制限してしまった

・抜け殻を選択していた



などです。


抜け殻だった自分は、今考えると、死んでいるのと同じでした。

そして、中途半端に死に体でした。


危機感がなく、現状維持の居心地の良さに甘えて、変化しようとしていませんでした。


そして、そのことを意識すらできていませんでした。


完全に、奴隷、家畜の思考でした。


それだと、貴重な命時間を、垂れ流して搾取され続けるばかりでした。


しかし、そこまで意識に上げてみると、いろいろと操作ができることに気づきました。


抜け殻を選択しているのなら、他の状態も選択できるのでは?

と発想が出てきました。


人の目を気にするのではなく、逆に活用しました。


自分も含めて人をよく見る、尊重する、堂々と謙虚でいる、それを24時間365日、ことあるごとに意識に上げました。


それを続けると、焦りが無くなったことがひとつの収穫でした。


諦めていたわけでも、目的がなかったわけでもありませんでした。


ただ、そう思い込み、決めつけていたのでした。


それが、意識に上がりました。


上げたのではなく、無意識に上がったのです。


無意識に意識に上がるというのは、リラックスしているときに脳が制限なく自由に動き、自然と当たり前に、抵抗なく自分に受け入れられていくものでした。


そうすると、そのアイデアをやってないのが落ち着かない状態になり、急に人が変わったように、動き出しました。


そのひとつが、先の記事でも挙げた、名古屋京都間を歩くというものでした。


達成すると、嬉しいのと虚しいのが同時に襲ってきました。


また抜け殻なのか、次のことをするのか、グルグル回りながら繰り返し考えて動きまくるだけです。


グルグルと2次元で考えれば、回ってるだけですが、3次元としてみれば、螺旋階段。


グルグル回りながら、必ず自在に動けるようになっていくという確信。


それを楽しみながら、目的を適宜設定して、進むだけです。


大丈夫。


私が特別なわけではない。


すべての人が、自分の意思で歩んでいけます。


そのための出会いはもしかすると、見えていないだけで身近なところにあるのかもしれません。


おわり。