シンプルライフ時々晴れ^ ^

周りをよく観て、自分も観えてくる

言葉のレンズ、フィルター

人間の五感や言語という、物事を認識して記述するものを、うまく使えているでしょうか?


使う以前に、意識に上げているでしょうか?


意識に上げているとは、ひとつ例をあげれば、言葉にしているだろうかということです。


日の光を浴びて、暖かい、眩しい。

風が吹いて、冷たい。


などです。


言葉を仲介することで、受け取って処理する情報を選りすぐることができます。


私は言葉が好きなので、ブログに記述したり、読書をします。


言葉から、映像や音声、匂いや味、身体感覚を受け取っている感覚です。


そして、それらは双方向であることに、ふと思い至ります。


言葉を見て連想するなら、実際に見て言葉を紡ぐことだってできます。


子供が、「あ、ちょうちょ!」というのと同じです。


ちょうちょということで、意識に上がります。

ひらひら飛んでる、こんな色だ、何匹かいる、


と、蝶の情報を、見つけた対象に貼り付けていきます。


さらに、昆虫図鑑を見て、生物の本を読んで、実際に蝶を採集したり育ててみたりと、蝶という概念にどんどん情報を足していき、


知識の体系をつくります。


蝶の五感はどうなってるの?

なんで飛べるの?


と、自身の脳に問いかけておきます。

知りたくなるというよりは、気になってしょうがなくなります。


そうやって無意識下で処理してもらえているので、意識には上げやすくなってます、というより、一度意識にあげてますからね。


そこで注意するのが、普段の口癖です。


「そんなこと考えなくていい」

「わからない→フリーズ」

「難しい」


ここに書くのも自分の中では憚れるような文言です。


無意識は、それらの言葉を聞いたときに、何に対してかは把握しきれません。

そして結局はすべてに対して、ブレーキをかけるしかなくなります。


だって、もしかすると命に関わる致命的なことがあるのかもしれないからです。


それは重要です。ですが、それが能力発揮の妨げになっていないかを、一度吟味します。

吟味して、緩めたり自分の中の基準を更新する必要があればすればいいんです。


スポーツでいうと、身体づくりや、基礎動作を習得して成長していけば、負荷を上げたり複雑な動作を取り入れていくということです。


人はなんだかんだ、慣れる生き物です。適応すれば同じところで現状維持しようとします。


それがいいときもあります、健康とか。


しかし、知識の拡充やアイデアの創造は、現状維持からは生まれません。


次々に、動いて変化していくことで、その都度その都度、臨機応変に柔軟に対応していけます。


慣れてる暇はありません、コツコツ夢中に練習してたら、勝手に慣れてた、無意識に落とし込めてたというだけです。


そして一度意識に上げて見る。

そして無意識にかけていた制限や枠組みを緩めて、また新しいやり方やアイデアを試していく。


それらを繰り返すだけ。


自分自身は、口癖というか、フィルターとして


「おかしい」

「もっともっとできるには?」

「なんでなんだ?」

「どういう意味付けだ?」


といったことをみずからに仕掛けて、俯瞰して観る自分を意識にあげます。主観的に実作業している自分も並行して観ます。

そして、人がいれば人から観た自分や議論の対象を、想定します。


そして、共有していくことで、なんやかんや楽しんで過ごしています。


大丈夫です。


あなたにもできます、練習するだけです。


リラックスしてやってみることをオススメします。


何をやるかは聞いてみてください。


おわり。