シンプルライフ時々晴れ^ ^

周りをよく観て、自分も観えてくる

自分の評価を自分で上げる

逆に、「自分の評価を自分で下げる」

ということを考えてみると、ひとつヒントになりました。


ある人には横暴な振る舞い、ある人には媚びへつらう、なんか変ですね。


だったら、誰に対しても謙虚に、中立的な視点で接する方が、違和感は少なく感じます。


ここで私のいう違和感は、一貫性がありますかということ、嘘をついてしまってませんかということ。


人によって態度を変えてますが、それはどっちがあなたなの?

と突っ込みたくなります。

どちらもなんですが、どちらも息苦しそうです。力が入ってリラックスできてないのです。


中立的な人は、カッコイイことに、無理がない。

叱ったり、人を立てたりに、当たり前にできています。

この人はこの人だっていう、自然さがあります。

そこには、知識や経験や地位、権威を超えた、本人による本人の自己評価の高さを感じます。

とことん自分を認め、尊重してるから人にも当たり前にそうできるんだと、一流と呼ばれる方と話してみて感じます。


そういう方々って、オンオフが切れていないというか、ベースとなるリラックスした本人の基盤を日々磨きながら、柔軟に変化や対応をしているのが感じ取れます。

最高ですね、素晴らしい。もっともっと自分も相手も良くなっていけますよ!


と、主観的ですが、言われてもないのに言われている気がしてしまいます。


そして、些細なことでも、流石という気配りや行動が現れてきているので、それを取り入れさせていただいています。


もちろん、形だけではなく、その奥にある、思いやりや誠意といった本質的なところを見落とさずに、みずからに仕掛けて刷り込んでいくことは言うまでもない。


コンビニでお会計してもらったらありがとう。


飲食店でお水入れてもらったらありがとう。


電話は自分からは切らない(相手も同じ感じだったら、何か話し足りないことがあったのかもしれません。ただ、ガチャ切りされるといい気分がしないので、自分はそうしたくないなというこだわりになります。)


工事現場の安全交通誘導なら、軽く会釈する。


などなど。


行動だけなら誰でもできます。

そして、それが上述のような、相手を尊重してるのかどうかに根差したものかどうかは、ぱっと見わかりません。

ただ、ある場面でできていたとしても、別の場面できていなければ、それはできない人ということと、嘘をつく人という判断を、無意識はします。


誰でもない、あなた自身の無意識がです。


そこが起点となり、周囲にも伝播していく感じです。


ここまでくると、することはシンプルです。


24時間365日、自分の無意識に恥ずかしくないように律します。


無意識は自分の子供、分身です。


良いところ悪いところ関係なく、そのままを受け入れて真似ます。


それが繰り返されて、5年後のあなたはどうなっているでしょうか?


楽しみですね。


大丈夫。


今からあなたも、始められます。

常に終わって始まるということが、日々繰り返されているのだから。


応援します、リラックスして楽しんでいきましょう。


おわり。