シンプルライフ時々晴れ^ ^

周りをよく観て、自分も観えてくる

きつかった経験の提示は、娯楽であるかもしれないが、誰かの参考になれば嬉しい

誰かが何かをやりたいって思ったときに、いいね!応援するよ!と全肯定して応援してくれるだけで進める。

それをすべての人の内部に仕掛ける。

そして、それが脳の能力を発揮させる。世界が平和で豊かになる。やりたいことをやれる世の中に!

ということを伝えたい。

 

 

自分自身、パワハラで自暴自棄になって会社を辞め、引きこもっていた自分でも変われていると思う。

始めの会社でパワハラに遭い、思考停止&うつ症状、ノイローゼになっていた。

すべてがネガティブにしか結びつかない、今思うと危険な状態でした。

会社には怒鳴られに、人格否定されに行っていた。人格否定は、されていたというよりは、みずからがみずからに仕掛けていたと、今は思う。

日々、何も感じないようにいかにするかに、リソースを費やしていた。それはそれはクリエイティブに、失敗する方法ややり取りを繰り返していたか。どれだけ能力を落とし続けるかを、徹底してやっていたように思う。

やばいと思ったのは、休日に運転する機会があったとき、信号で止まっていたときに、意識が飛んだこと。

前の車に、徐行速度で追突した。本当に死ぬかと思った。相手にも迷惑を掛けたし、人に接触していてもおかしくない状況だった。

そのまま、憂鬱な気分のまま、2年弱同じ企業に勤めるが、日々生きている実感がない。完全に上の空で、人の話が頭に入ってこない状況が続く。

あるとき、ふっと何かが切れて、翌日には退職しますと、上司に言っていた。

完全に衝動的だった。冷静な判断はできていなかっただろう。

しかし、このままでは死んでしまうと、本気で思っていた。

実は、会社を辞めると死んでしまうという、これまた恐ろしい勘違いを、本気で信じていた自分にとって、辞めることを決意させた、3年ほどの積み重ねは、大きなインパクトであった。

 

辞めた後は、家庭教師や日払いのアルバイトを少ししながら、退職金や蓄えを使い、抜け殻のような生活をしていた。それでもいいと思っていた。どうせ生きてても死んでしまうし、意味なんてないと。頭の中はかなり引きこもりで、生活も引きこもりだった。

 

でも、アルバイトをしたり、ブログを書いたりは、続けていた。人と繋がりたい、人の役に立ちたい、人に見てもらいたいという、根源的な欲求が、自分にあると気づいた。

 

そんなことを願ってしまう自分が、嫌だった。認めたくなかった。自己肯定感がとてつもなく低くなっていたと、今は思う。

 

もう、無理だ、いやだ、何もしたくない。 それはそれは無様に、最悪の自分でも、自分自身だけは見捨てたくなかった。

そんなとき、ある方と出会い、話をした。その方は自分を変えたいと思い、変えると決断して、行動をしたそうだ。

 

決断と行動、それだけ。

 

そのシンプルな言葉の中に、とてつもない葛藤やエネルギーを感じた。 自分も、どうしようもない自分を変えたいと、思った。

自分の見えるすべてを、一旦観て、肯定してあげてくださいと、アドバイスをもらった。

見えているということは、すでに肯定していることだということ。

見えるように無意識が判断したから、見えているということ。それらを、否定も肯定もなく、そのままに、観るということ。

観た上で、さらに意識に上げて、肯定する。

2重の意味で、肯定することを行った。

しかし、肯定したくないことも、出てきた。過去の失敗や、言いようのない不安などだ。 観たくありません、と逃げた。 そこでも、さらに俯瞰して、観たくない、逃げた自分を肯定してあげて下さいとなった。

そんな視点自体が、見えなくなっていたが、そうすると、楽になった。 自分をはじめて肯定してあげられた気がした。

そして、肯定してあげられた自分を、褒めてあげて下さいと。 褒めた、よくやった、偉い、すごいぞと。 何だか得意な気になった。

そうやって、少しづつでいいから、観たくないものも、観たいものも、同じように肯定してあげて、肯定してあげた自分自身を褒めて、認めてあげてください、 そんなことを延々と続けた。

なんだか楽になっていった。 ある程度慣れると、無意識にできるようになったのと、手抜きをして横着するようになった2つの側面が出てきた。

それも、認めてあげる。そして、じゃあどうする?となったときに、考えるようになった。

考えることを、自然にするようになった。 振り返ると、回復している感覚になり、嫌なことを思い出さなくなった。

過去に嫌だと思っていたのも、そのときに自分の感情や理性を、自分自身が完全に無視していたから、自分で自分の首を絞めていたのだと、気づいた。

これは本気で怖くなった。

他者の意見を鵜呑みにし、奴隷のように言いなりになることで、ここまで自分の能力を抑えこんでいるのかと。

そして、そのある方との出会いで、みずからを肯定して解放するという、言葉では短いが、圧倒的なエネルギーの体感を得た。

今までそんな人いなかったよ。 すごいよ。ありがとうございますと、感謝しかありません。

では今の自分が、何ができるのかというと、人を尊重して応援することが、今この瞬間からしたいし、できると確信しました。

どこかに属すとしても、大丈夫という確信があります。

そして、必要なスキルや知識は、あとから身につけられる。 しかし、マインドの問題として、みずからを徹底的に観て、認めて、動かせる状態にセットしていくということは、誰かに教わってできることではない。

みずからがみずからに仕掛けていくだけなのだ。

そのマインドの構築の支援を働きかけていただいた、そのある方には、感謝してもしきれない。

自分自身が結果を出して、人のため、そして自分自身の為にも、活き活きと挑戦し続ける姿を示すことが、一つの恩返しだと思っている。

もっともっと行けると思っている。

あなたもできると、私は強く応援したい。

個人的な話となりました。

 

以上。