シンプルライフ時々晴れ^ ^

周りをよく観て、自分も観えてくる

自分が一番身近な他人

こんにちは。

 

他人とは何でしょうか?

ウィキペディアではこうありました。

自分を除いた人間、あるいは縁の遠い人間を指す。

 

自分とは何でしょうか?

ウィキペディアではこうありました。

1. 一人称として使用されることがある。

2. 主に関西圏で使われる二人称表現。

 

一人称とは何でしょうか?

ウィキペディアではこうありました

一人称(いちにんしょう)とは、人称の一つで、話し手自身を指す。自称とも呼ぶ。

 

また、『尊厳の複数』なるものが一人称のページに記載されていました。

英語を始めとして、ヨーロッパ諸言語では、文法的にはっきりと名詞と区別される代名詞が存在する言語が多い。このため、一人称代名詞が1種類しかない言語も多い。英語のI(主格)はその例である。ただし、主格・所有格・目的格といった具合に活用変化する言語もかなり多い。また、単数代名詞と複数代名詞とで変形する言語も存在する。

ただし、高位の人物の一人称(とその人物に対する二人称)が複数形となる尊厳の複数royal we)と呼ばれる現象がある。例えば英語のwe、フランス語のnousは本来、一人称複数であるが、君主の一人称単数代名詞としても用いられる。

類似した現象としてeditorial weと呼ばれるものがあり、これは新聞の社説などで執筆者がたとえ一人であっても複数形を用いることを表す。これは全体的な視点を表すために過剰に個人を表現するのを避けるためであるとされる。さらに学術論文などで執筆者が一人のときも複数形を用いることもあり、このときの複数形は執筆者と読者を表すのだと説明されることがある。

 

尊厳という言葉に飛んできました。

ここで、自分といっても私という一個人ではなく、

「一つのものごとに同じ方向を向いて取り組む主体」

としての自分も存在する、と解釈が生まれました。

 

言葉を繋いでいくと、思ってもみない発想が浮かぶことがあるのだなと、楽しくなりました。

浮かんだ言葉は、紡いでいくまでのプロセスを含んでいるので、みずからの血肉として取り込まれます。ウィキペディアを遊覧してみるだけでも、いろいろと考えられるというのが新たな発見でした。

そうやって言葉のネットワークを繋いでいくのも大切です。そして、そこから自分が何を想起するのか、日々の生活でどのように関係性を拡げて深めていくのかが、さらに大切だと思います。

 

まだ続きます。

 

今回の例では、他人、自分、一人称、尊厳の複数といったキーワードから、自分というものを、

「一つのものごとに同じ方向を向いて取り組む主体」

に概念化しました。

そこから次は逆の視点で、初めに挙がった他人を考えてみるとどうでしょう?

 

同じ方向を向く主体の集合を自分とするなら、私という一個人は、集合を構成する他人と同じなのでしょうか?

 

違うと言えば違うし、違わないと言えば違わない、正直どっちでもあるし、どっちでもない、というのが解釈です。

解釈というよりは、よくわからないけど何でもありかい!

となってきますね。

そんなもんです、ここは考えても堂々巡りするものだとして、置いておきましょう。

 

他人も自分も、境界はあってないようなもの、同じ考えだと思った人が、明日には全然反対の考えだと感じるかもしれませんし、あなた自身も刻一刻と変化しているのだから、同じあなたではないはずです。

 

変化することは、別のものになることだと言えます。じゃあ自分ではなくなるのか?

そうとも言えます。

そう考えると、2度と同じ今日は来ないし、2度と同じ自分というものはありえません。

じゃあそれを何と言いますか?

それを「他人」と言います。

 

他人に帰ってきましたね。

 

ここで、さらにウィキペディアの「他人」を見直してみましょう。

 自分を除いた人間、あるいは縁の遠い人間を指す。

前半部について、 他人も自分もそんなに差がないなら、自分にとって一番近い他人は、今この瞬間の自分といってもいいかもしれませんね。

また、後半部に着目すると、『縁』という言葉が出てきました。

遠いってあるけれど、どれくらいの遠さなのか?これはとても曖昧ですね。

遠いというのは、

「認識していますかどうですか?」

という判定を考えています。

 

認識するためには知識を持つこと、実際に人に会ってみること、実際にその場にいってみること、やったことのないことに取り組んでみることで、あなたの可能性や世界を拡げていけると思います。

 

あなた一人の世界が、ガンガンに深く広いと同時に、あなた以外の人の世界も、同様に広がりを持っています。それらを共有して、相互に関係性を築いていくことが、生きていることでもあると思います。

 

事実、この記事をあなたが読んだことも、あなたが生きていることの証でもありますし、私という他人をあなたが認識し、あなたの自分に取り込んだことでもあると思います。

 

いろいろ書きましたが、自分がどのように変化していくかだとか、偶然の出来事をどう解釈して反応を選択していくのかといったことを考えて(これは無意識に落とし込みましょう)、日々を過ごしていきましょう。

 

リラックスして楽しんでいきましょう。

 

それでは!