シンプルライフ時々晴れ^ ^

周りをよく観て、自分も観えてくる

盛込みまくってブレブレな記事はこれだ

こんにちは。


ミニマリスト志向として、極限まで0に突き進む人もいれば、厳選されたものをスマートに扱う人もいます。

節約家の方もいれば、浪費家のミニマリストもいます。


どれもオッケーだと思います。


頭の中がシンプルですかということの方が重要です。


ミニマルというのは、小さいというのではなく、いかに視点高く俯瞰してものごとを捉えられるかということであると、個人として解釈しています。


市町村規模で見ればというのを、日本規模、アジア規模、北半球規模、地球規模、太陽系規模、銀河規模、プラスで時間軸を過去から未来へ横断するといったレベルまで、視点を上げ続けることで、どんどん相対的に一個人はちっぽけになります。


ちっぽけですが、我々は一人一人存在しています。


なんということでしょう、存在しています。


その中で、何がしかの役割を果たしています。


0か1かということで白黒つけることは、コンピュータの世界では存在していますが、人間はもっとアナログなところがあるとも言われます。

実際はプランク秒とかで時間もデジタル(離散的)と解釈されている部分もあります。


その離散的な状態なのに、繋がっていると勘違いする人間の曖昧さは、本当にすごいです。


連続した主体としての個人という意味付けをすることができる人間の能力は、機械にはできないものではないでしょうか?

無論、未来にそれができる機械が誕生する可能性だってあります。

その頃には機械の定義も変わっているかもしれませんね。


何が言いたいかというと、ミニマリストという観点で自分に関わっていくことで、余分な力が抜けてリラックスできます。


0でもいいし、1でもいい、選べる能力がヒトにはあるということです。


0を選んだら次は1を、いや、もう一回0を、、と選択していけます。

終わりがあるのかは、終わったときになってみないとわからないので、あるとも言えるしないとも言える。


死んだらおわりですか?


うーん、その人の自我という部分では観測しようがないとは思うけれど、他の人が生き残って次をつないでいくと、関係性のネットワークは切れようがないとも言える。


などということが、何十億年と繋がってきて、あなたも私も今この世にいます。


不思議ですね。


説明がつくための理屈を考え出すと止まらなくなりそうです。


考えて楽しすぎてやめられなくなるような純粋性が、科学者だったり哲学者となるのではないでしょうか。


そういう意味では、我々はみな科学者であり哲学者たりえると思います。


何かを感じて反応できる、これってすごいことだと思うし、どう反応するのかを選択していける能力を、獲得していけるだけの潜在的なものとして持っていることが、人が存続し受け継がれてきた凄さだと思います。


こんなに書くと人類が優れてるという視点にどハマりしそうなので手入れ。


人間もいろんな環境の一部だから、優れてるも何もないです。


そこにあるという事実があるだけで、個人個人で勝手に解釈していけばいいし、一人の世界観は広げていけると思います。


植物や動物も、水や空気なんかも、突き詰めれば原子の集合であり、ヒトと同じです。


それらにどんな意味をもたせて、役割を果たし合うのかが、ミニマリストとして突き詰めていくと考えてしまうようなことです。


何を書いているのかわからなくなって良い感じです。


それでは!