シンプルライフ時々晴れ^ ^

周りをよく観て、自分も観えてくる

救いはありません

こんにちは。


少なくとも、他力での救いはないということです。


みずからを救うものを天は救う、と言われています。↙︎

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/サミュエル・スマイルズ



では、私たちが他者に対して働きかけることは無意味なのでしょうか?


否!


断じてそんなことはないと、私は信じています。


救うのは本人ですが、人の哀しみや葛藤を掬う(液体や粉末をすくい取り、変化のきっかけとしての波紋を投げかけるというメタファー)は、他者だからこそできる強烈な働きかけです。相手を揺らすという働きかけになります。


しかし、他者に介入するということは、その介入にたいして徹底的に責任も負うという自覚が必要です。


ましてや、意図しての能動的な介入ともなれば、相手を徹底的に観て、相手の100%の味方であるということです。


同時に、他者に働きかけることで、反作用としてみずからにも「揺らぎ」は生じることを自覚し、自身を観て操作するという、俯瞰した視点も必要です。



すべのてのものごとは双方向に関係性を持ち、リアルタイムでダイナミックに変化し続けています。


その中で、流れに流されるだけではもったいない。


ひとつの方法として、みずからが目指したいゴールや役割を設定し、それを羅針盤として日々を感じて過ごしていくことが、あなたにはできます。


救いをどこか外側に求めてもロクなことにはならないような気がする中で、掬うという視点で周囲を見回してみてはいかがでしょうか?


ここでいう「掬う」は、このブログで繰り返し記している、「無意識を意識にあげる」という意味ともオーバーラップしています。


あなたは何を掬いますか?


あなたにしか掬えないものが、必ずあります。

今は見えなくても、あなたなら必ず見つけることができますよ。


応援しています。


それでは!