シンプルライフ時々晴れ^ ^

周りをよく観て、自分も観えてくる

変化するという意思決定だけ

こんにちは。


いろいろな知識や経験を増やすことで、共通するものの見方の癖のようなものが自分の中にあることに気づきます。


それは、動いてみるとわかることです。


動かないことも、動いているということです。


時間は流れているということです。


よし、こっちに行こう!

と、方向付けして、ただ進むだけ。


そっちじゃないよ!

と、違和感を感じたら、修正するだけ。


違和感を感じる感度を上げることが、重要なことです。


意識しすぎると、力む感触もあり、リラックスして楽しんでやります。


方向付けは、みずからの人生の目的と捉えています。


ぼんやりとしていますが、必ず見つかるし到達することを確信しているからこそ、いまこの瞬間を一生懸命過ごすことに注力します。


頑張るだとか、努力するという言葉よりも、一生懸命取り組むという表現が、今はストライクしています。


「一瞬一瞬を生き、命を懸けている」


これは生きているものすべてにおいて共通することではないでしょうか?


愛しいものです。


人間だけじゃないですね。


動物、植物、自然のあらゆる営み、などなど。


どのように個人として関わっていくか、生きている限りつきまとう課題です、一生の宿題です。


何十年とか何百年と経てば、私たちが生きたということはどうやって実証されるでしょうか?

少なくとも私たちが見届けて確認することは叶いません。

単なる情報として、それこそ噂話というレベルで、誰かの中に伝わるかもしれませんが、そのことに執着する必要はないと考えます。


だったら、目の前の人や、生きている間に関わる人に慈しみや尊重を提供し、後世に続く人たちに対して、「より良き関係性とは?」の問いかけを紡ぎ続けることが、ひとつの方針として、わたし自身の中に芽生えています。

もしかすると、その想いもいろいろな方々から受け取らせていただいたメッセージなのかもしれません。


そうやって、人は1人のようだけれど1人ではないという側面も持ち、淡々と進んでいるのかもしれません。


あなたはどんな意思決定をして、いまの自分の役割を果たしていきますか?


変化は設定した望む方向のままに。


あなたの進む方向に栄光を祈ります。


もっといけますよ。


それでは!