シンプルライフ時々晴れ^ ^

周りをよく観て、自分も観えてくる

君にはできる

こんにちは。


あなたは、タイトルのような言葉を受け入れたことはあるでしょうか?


条件付きではなく、ただ、そのままに、「できる」という確信を当たり前にです。


その働きかけというのは、とても強烈です。


当たり前すぎることというのは、無意識にやっているので、できるできないという意識の次元ではないと、今は感じています。


変な例ですが、

「君には、まばたきができる」

と言われても、当たり前じゃんとなりそうですよね。


では逆に、

「君には1分間目を開けたままにすることができる」

となれば、まあできそうな気がするかもしれませんが、意識してみないと日常でやることはないのでしょうか。


さらに、

「君には10分間目を開けたままにすることができる」

「君には1分間で300回まばたきをすることができる」

となるとどうでしょうか?


何のために?

という声が聞こえそうですね。

別に意味はどうでもいいです。


意味づけを自分でして、意識に上がっていないことをコントロールしてみることで、みずからの状態を変化させる働きかけになります。


一時的ではなく、長期的かつ継続的な働きかけです。

それを習慣と言います。


ドライアイの人だとしたら、もしかしたら無意識に極端に緊張して、まばたきが少なくなっているのかもしれません。さらに眼球の筋肉も使えてないのかもしれません。


目が重たいだとか、覇気が目にないなどと印象を持たれているとしたら、目を全力で開ける動作を数分でもやって、さらに力強く閉じることをすると良いかもしれません。


要は、意識的に変化を仕掛けるなら、極端くらいでやることも必要であり、そこから無意識の行動を変えていくやり方もありますよということを言いたいのです。


日々の習慣どおりにしか、人間は大部分の行動を選択できません。


そうなると、変化を仕掛けない習慣ならば、どんどん変化に取り残され、情報の波に振り回されることになってしまわないでしょうか?!


変化を促す習慣を取り入れていくことで(それをひとつの暫定ゴールにしてもありかもしれません)、自分にはできる、あなたにはできる、変化に対応してより成長していける、


という確信を高めていけることを確信しています。


どんなことをあなたが目指しているかは、あなたの宝物です、内容にどうこうは言えません。


ただ、これはお伝えします。


あなたにはできます。

もっともっといけます。


それでは!