シンプルライフ時々晴れ^ ^

周りをよく観て、自分も観えてくる

気づいて踏み出すことを楽しむ

普通に過ごしていると(普通ってなんだよとなりそうですが・・・)、

 

ついつい現状の中でどうするのかを考えることに意識が向いてしまいます。

 

それでもいいのかというと、私はそれでもいいと思っています。

 

その人の現状が現状じゃない現状である現状なのかもしれません。

(何を言っているかわかりませんね、結局言葉は限界があるので、不完全であるということが良くわかります。)

 

何かわかんないけれど、凄そうというのは、後になって後になって言葉として、

 

絞りカスみたいな感じで出てくるような体感が日々更新されています。

 

「もっともっと行きましょう。」

この言葉も、本当のところは行くことを行くのか行かないことを行くのかとかも良くわからなくなるので訳が分からなくなります。

 

言葉だけに頼ってしまうと、どうも言葉に支配されてしまいますね。

 

視点が下がって、見えるものが言葉に縛られます。

 

では、言葉は使えないのか?

そんなことはないと思います。

 

言葉をしっかりと学んで、凄いと思う人が言っていた言葉を真似てみて、そのときの体感を自分の中に落とし込むことを常に考えて観ています。

 

凄い人の言っていることは、凄いと感じた自分が持っている知識や体感以上のものが背景にあって、そこから引っ張り出されて落とされています。

そこに対してどんどん知識を増やすなり、自分で学ぶ、話してみる、身体を動かしてみる、そんなことをガンガンにしていっていくことが重要だと個人的に感じています。

 

気づいたら、やばいと思うところに、飛び込んでみる、自己責任で。

 

ヤバいというのは、ちょっとでも「うーん、どうかな・・・・」と引っかかることであっても良いと思います。

迷って逡巡している時間を、徹底的に短くすることをオススメします。

 

なんといっても、時間は限られています。

 

人が人を育てるとき

子育てや学校教育、職場での人材育成然り、

ある程度の見通しを持って、教育側は複数人に対して働きかけているのかもしれません。

 

その見通しは、無視しましょう。

他人の評価でしかありません。

 

あなたはそれ以上にだって平気でなっていいのですから、もっと俯瞰して相手の視点に立った時の、相手を圧倒するくらいの意識もちでなければ、

 

結局のところ踊らされるだけです。

 

それでいいのならそのようにしてみればいいと思います。

 

自分自身は、踊っている自分にはたと気づいたときに、なんとも空しくなりました。

 

だからこそ、どんどん自分で自分を躍らせる方が、まだマシだわ、となって、

飛ばしていくような体感を最近感じました。

詳しくは言えませんが、もっともっと動いていたことが、時間差で体感に入ってきたような感じです。

 

あなたも既に変化していて、あとは気づくことに踏み出してみるタイミングなのかもしれませんし、まだまだ溜めている期間なのかもしれません。

 

焦る必要はないですが、スピーディーに、人生の残り時間は刻一刻と少なくなります。

速く頭の中をすることで、体感時間を相対的に濃くしていくことに、どんどんやっていけるあなたを確信しています。

 

もっともっといけます。あなたはできます。

 

それでは!