シンプルライフ時々晴れ^ ^

周りをよく観て、自分も観えてくる

認識は別物 低温やけど注意

f:id:minirun:20160226002418p:plain同じものを見ていると思ってても、案外人間は適当です。


適当というか、自分の当たり前を相手の当たり前という、無意識の前提があります。


無意識の前提は、やり取りを開始しようと意図した瞬間に、強烈に私たちに働きかけます。


何かしらしようと意識を向けるために、一旦足場を取るからだと、イメージとしては感じます。


いついつに、どこで何かをしようということでさえも、情報が共有したつもりでやっていると、実は全然違うことを見ていたりします。


紙に書いた字が潰れて10日と11日を勘違いしたりなど、字を走り書きしたときなどは、非常にもどかしさを感じます。

まあ、それはそれで引きづるよりも、人間はそんなことが大いに起こりうる主体なのだと思い出させてくれるものとして、次にそうならないようにどうするか建設的に考える力を持っています。


他に例として、

低温やけど注意」


やけど、を火傷とみるか、

関西弁の、やけど「〜〜だけれども」


とみるか、どっちもありえます。


これは言葉の例ですし、


視覚的なものだと、ルビンのツボ。

白に注意すると、人の顔が横に向き合った絵。

黒に注意すると、くびれたツボの絵。

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認識は意識してみないと、無意識に流されるのみです。

なので、常に私たちは無意識に思い込みや決めつけをしているということを自覚する必要があります。


そして、すごいことに人にはそれを自覚する能力があります。


そうなったとき、相手の視点をお互いに少しでも見るようにしてみることで、誤解は激減します。


思いやりと配慮を持ちましょうという、素直でシンプルなメッセージなのですが、どうやら小難しく考えてもったいない感じですね。


もっといけます!


あなたがもっともっと進んでもいけます。


それでは!