シンプルライフ時々晴れ^ ^

周りをよく観て、自分も観えてくる

自分が喋っていることは大概アテにしない

言葉をいくら尽くしても、伝わらないものは伝わりません。


それらしい正論?を言っても、自分自身が、

「思ってねーだろ!」

と突っ込むことが無きにしもあらず。


じゃあどう思ってるの???

どうしたいの???

となっても、


「よくわかりません。」


が率直な回答になります。


よくわからないので、なんとなく話をズラしてしまいます。


思ってねーだろとは言っても、

「思ってなかったら言葉として出てこないでしょ!?」

と自分で自分に反論してやります。


そしたら例えば、

「7割は思ってないでしょ、イエスかノーの程度で見てみると」


と反論が帰ってきます。


本当はどう思ってますか?


こう言うのは、感情的になって議論を放棄したら負けだと思うので、1人淡々と議論させています。


言葉遊び、あー言えばこー言うという、ふっかけ合いです。


冷静でありながら同時にムキになる、個人的に言い換えると夢中になって屁理屈をこねまくる。


そうすると、どちらにも言えるところも出てきて、結局第3の方法があるということに落ち着いたりします。


どっちもどっちだし、相対的に見てみることでしか、測れません。


じゃあ議論する必要ないかというと、そんなことはありません。

まあ、無駄でも良いんですが。


みずから選択するかどうかです。


タイトルでアテにしないと書きましたが、言ってることよりもやってること、受け取っていることの方が、身体も頭も正直です。


喫茶店でお水や注文を持ってきていただけたときに、店員さんにお礼を一言添える知人を見て、


あ、素敵だなと。


本人は当然のこととして自然な振る舞いでやっています。


自分もその人にお礼やねぎらいを、思えば日々いただいていたなと、再確認になり、


自分ももっともっと周りを見て、建設的な働きかけができると次に繋げます。


次があるかは、あるときまで働きかけ続けるか、途中で止めるかです。


考えても仕方ないなら、乱暴な言い方かもしれませんが、じゃあやる、というところになります。


自分のためにというのが納得ないなら、それは忘れて、ありがとうと1番言いたくない人にありがとうを言います。


やりたくないことにこそ、現状を変えるヒントが隠れています。


楽しんでリラックス。


それでは!