シンプルライフ時々晴れ^ ^

周りをよく観て、自分も観えてくる

記録と内観的?アプローチ

私は会社員で、俗にいう営業職です。


転職したため、下からまた積んでいくわけです。


ありがたいことに業務日報というものを書かせていただく機会を与えていただき、上司とやりとりしている中で、書いた後にあれやこれや指摘されるのも、


後手後手になるなと感じるので、


自分で今日の自分に諭すような形で、語りかける形式としてみました。


・連絡が遅れて、相手から催促されるようでは好ましくありませんよ、相手の手間を増やしていることを自覚しましょうね。


・数十秒の話し合いで済むことを後回し後回しにすると、後で何十分何時間の手間にもなりえますよ、自分のところにボールがある状態をなるべく減らしていくのが仕事を回すということですよ。


・今は上司からの指示で動いているわけですが、あなたが指示を出してケツをもつ役割を果たすことが本来の形になるわけですから、よく中身を確認、質問して、

指示は自分で自分に出しているような形にしていくことを望みます。


という感じで書くわけです(^ ^)


上司からは、


「確認だけど、自分で自分にコメントしてんだよね!?

上司に書いてるわけではないよな?」


と、いつもと反応が違いました。


そりゃそうか、いきなり文体が変われば戸惑うわなと。


まあ、こちらにも言い分がありますよ。


言われる前に自分で気づいて、俯瞰して他人のように、1日の自分にコメントという、


考え方や情報の手入れをする。


自分に刷り込む自己洗脳。


といった形で、自分で自分さんを観て、諭す。


決して押し付けず、しかし考えさせる働きかけを、みずからに仕掛ける。


悩んで変になったか?


と心配されましたが、


まあ、半分正解で半分不正解。


やり方が会社の方針に即さないなら、


別のやり方をするだけ。


ただ、日報は型式が決まっているわけでもないし、


より良く改善して次に繋げるために、


状態や情報を整えることが役割だと考えるため、


まずは書きたいように書く。


そこから、行動が変わらなければ、ただの妄言、紙と時間の浪費になりうることを自覚しましょう。


もっとできますよ。


楽しんで、意識を切り替える練習です。


そして、組織では人の癖や状態を把握して、互いに知っておけば、


得意不得意がわかり、


情報の伝達や共有が、より円滑になります。


一言で言うと、


「コミュニケーションをしっかりね」


ということですが、


そこの捉え方は人それぞれ。


ここでは私の一部を事例に出しましたが、


それだけでも多い。


記録し、内観的にみずからを俯瞰し、建設的な方向に、協働して仕掛けていく。


組織でも、プライベートでも、よく相手を観て、


こう言うかな〜?

こう捉えるかな〜?


ということを感じていくと、


不思議なことに、


自分のことも見えてきます。


関係があって、みずからの役割が相対的に設定されます。


どうせなら、、、!


お互いに気持ちよく過ごせるように、


自分からさらけ出していくことを、


今は取り組み中。


相手を観ていけばいくほど、


自分って相手ありきだと思う。


そう考えると、


絶対的な自分ってないんやで。


と、楽にもなりますし、


同時に、


それも一瞬一瞬で「自分」でもあるから、


より好ましい自分を設定して、


そこに合わせこむことを楽しんでいいのかなと。


演じるとか偽るでもなく、

「一瞬あとは結局自分も他人」


というくらいで、瞬間にフォーカスしてみます。


一瞬あとは自分も他人というのは、


結局、今この瞬間には時間が流れて過去になるわけで、


過去の記憶を参照したときに、


「私」という登場人物がどう動いたかという、

ある意味で客観的な他人でもあるということです。


もちろん、そのときの感情や体感は強烈に臨場感を持って想起されるわけですが、


「想起」ですから、


やっぱり「記憶」、「情報」でしょ!


という観方です。


1つの事例なので正解はありませんが、


いろんな捉え方の中で試してみて、


一理あるなと最近、腑に落ちたので取り入れているだけです。


なにごともそうですが、訓練はやればやるほど、それなりに自分は変化して、


より上手にもしていけます、思考訓練然り。


ポイントは本ブログで何度も繰り返すが、


リラックスして楽しんで(^ ^)


自分作の人生(^ ^)


大切に想う人や、出会う人との人生。


キツイと感じることの方が多い、かもしれないし、それも実は自分の意識状態次第。


もっと考えて、そして動く、繰り返し。


終わりは決まってるので、終わるまでやるのみ。


やった何かが、世の中の役に立てば嬉しいし、


私は自分の人生を生きただろうか?

と問いかけたときに、


そうだ!

当たり前じゃん(^ ^)


として終わることを設定する。


そうして、何かのご縁での巡り合いを大切にしていくんだよねと。


長くなって話が飛んだりしたが、


もっとやれることがある、


ということを、


書きながら無意識に整理されている。


なので、書くことや内観、瞑想といったアプローチは効果性があると感じている。


脳で処理して、整理して、


また頭を空っぽで身軽にして、


残っていることを改めて見つけて、


淡々とやっていく。


そんな感じ。