シンプルライフ時々晴れ^ ^

周りをよく観て、自分も観えてくる

淡々と、トントン

plus minus ゼロ。


この世は空虚なものだし、


だからこそ、なんでもありでもあり、


欲望も際限なく振り切ってもいるし、


両極端。


シーソーや天秤と同じ。


極端に振れると、


固定観念で可能性を縛り付けてしまう。


空虚なことも知って観た上で、


仮想の欲望も観て認めた上で、


中くらいで観る。


中くらいと言っても、何もしないではなくて、


両方が強く引き合って、差し引きゼロ、


というバランス。


中学生の理科の実験で、


分銅をこまめに載せたりして天秤のバランスをとったりしました。


停止してるのではなく、平衡状態。


そして何か変えるなら、ずらす。シーソーなら、同じ重さなら、より支点から遠いと、そちらに傾く。


整合を取るなら、もう一方の負荷を上げるか、距離を遠くする。


物理的なところではそんな例えではあります。


想いやイメージ、情報と言ったことなら、


距離を視点の高さとも言えるかもしれないし、


負荷を知識の質と量と言えるかもしれません(現時点の個人的な感じでしかありませんが)。


何を目指すかにはよります。


中くらいのトントンを、目指しても、必ず半々とは、断言はできない。


だからこそ、そこを目指すことも追求できる選択が人間にはできる。


仏教でいう、


空観、仮観、中観のことを書いてはみましたが、


なかなか上手に書くのも、簡単ではありませんね。


淡々と、学んで楽しんでリラックスして、


成長する喜びという、欲望とも言えるものが人間にもあるのかなと。


成長して、世の中に何かしらの良い影響を、残せたら、


それはそれで嬉しいのかもしれません。


瞑想というのも、


24時間ずっとやり続けて、


脳と心を鍛錬していくことなのかもなと(正解もない)。


何ごともバランス。


整えていきましょう。