シンプルライフ時々晴れ^ ^

周りをよく観て、自分も観えてくる

奴隷について考えてみた

マトリックスという映画で、


人間は仮想現実に繋げられて、肉体は眠ったまま、


与えられた情報の世界を生きています。


コンピュータに支配され、


コンピュータを動かす電池の役割として、


奴隷と気づかず、奴隷のような役割を果たしています。


これは、現実社会にも通ずるところがあります。


作られた情報、仕掛ける側に都合よく操作された情報を、常識という名で無防備に刷り込まれ、


自分の意思で思考、選択することを押さえつけられています。


その方が、支配・コントロールする側に都合が良いから。


それは、どこまでが自由意志で、どこまでが仕掛けられたものかは、明確な線引きは簡単ではありません。


ただ、世の中がそういうものだということを知った上で、みずから選択しているのか?

と、自身に問いかけ、より自由意志で選択しているのかを働きかけ続けることが、


これからの世界では必要なことではないでしょうか?


風が吹けば桶屋が儲かるとも言うように、


ひとつの出来事は、何かしら他の出来事に影響します。


それを認識するために、


視点を上げた中で、


人の心の仕組み、


世の中のルール、


普遍的な知識、


専門的な知識、


みずからの思考力、


それらを鍛えていくことが肝要です。


当たり前の生活や、大切な人を守るということが、


知識がなければできないこともあります。


自分がバカで、自分が割を喰らうのはまあ良いですが、


自分がバカで、

守らなくてはいけない大切な人に、悲しい思いをさせたり、その人を傷つけたり、失ってしまうことになったら、


自分が自分を許せるでしょうか?


奴隷だから、は言い訳です、便利な言い訳です。


ですが果たして、それは生きていると言えるのか?


奴隷と言ってますが、別の言い方をすれば、


ゾンビでもあります。


生きているようで生きていない、


そのまま年を取っても、死んでも死ねません。


自分1人の身体、命ではないのです。。