シンプルライフ時々晴れ^ ^

周りをよく観て、自分も観えてくる

知ってるものしか見えない

人間は知識のないものは認識できないという仕組みがあります。


ものごとと知識のネットワークが繋がっていないので、


認識しようにも頭の中で広がらないとでも言いましょうか、認識しているけれども意識に上がってきていないという感じ。


難しい話の喩えはよくわからないので、


小学生とかくらいの喩えを文章にしてみる。


自分自身のことを振り返るに、自分が住んでいる町以外にも町があって人がいる、そこに自分も行くことができるということは、


大きくなってみれば当然のことのように思いますが、


小学校低学年だと、自宅、学校、クラスメイトの家、親戚の家、など、


限定された世界が全てだと信じ込んでいました。


年月を経るに従い、学校の教育や親の教育、メディアからの働きかけなどで、知識を埋め込まれていき、段々と世界が広がっていくものでした。


ただ、与えられる情報は、果たしてどのような意図で加工され、どのように人々を洗脳させようとするのか、子供には判断が十分につかず、無条件に受け入れるしかなかったということも、多々あります。


そうは言っても、知識は知識、どう扱っていくのかは、何歳になっても時代に即した形で自分の脳と心(マインドとも)を更新していく必要があります。


地動説がひっくり返って天動説が新しいパラダイム(枠組みや説明の方法とでも訳してください)になったときには、それが新しい枠組みとして更により真実に近しいならば、


今までの常識がいかに刷り込まれていて手放したくなくとも、


柔軟に対応しなければ、時代に取り残されて化石人類にならざるをえません。


少し脱線しました。


知識のないものは認識できないとなると、私達はそこに囚われ続けるしかないのでしょうか?


そんなことはないと思います。


新しく未知の分野の本を読んだり、旅行をしたり、


まったく別分野の人と話したりして、自分の世界を広げることができます。


なので、知識を得続ける働きかけを、意図的にしていくことで、ブーストして能力をかいはつしていけるということを、ここで記しておきます。


他にももうひとつ、見えるために必要なことを別途書きます。