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シンプルライフ時々晴れ^ ^

周りをよく観て、自分も観えてくる

重要なものしか見えない

以前の記事で、人間は知っているものしか見えないと書きました。
 
 
同時に、知っているものの中でも、優先度をつけて、重要なものしか見えないような仕組みがあります。
 
例えば、自動車を運転しているときは、信号や歩行者、他の車、道路の状態など、極めて限定的に意識に上げるものを無意識に組み替えて、運転しています。
 
そう、無意識に人間はやっていることのフレームの中で、重要なものを選択して認識しています。
 
重要なものを認識するというのは、普段の習慣づけで、ある程度自動設定として、私たちは使いこなしています。
 
え!そうなの?!
 
となっても、
 
はい、そうです^^
 
となります。
 
習慣づけであるので、働きかけない限り、現状もっとも最適された状態を維持しようと、一番楽な慣れた形式、手順を繰り返そうとします。
 
繰り返そうというよりは、繰り返してるから繰り返している、ある意味で惰性ともいえます。
 
惰性と書くと、ネガティブな意味合いが含まれるように少し思いましたが、それも私たちが日常の生活で、惰性と言う言葉をそのように解釈して使っていることの証拠です。
 
惰性、マンネリ、こなしてる感、、、、言い方はさまざまですが、慣れ親しんでしまっているということです。
 
それは、自動でできる方が他のこと(新しいことや負荷があがっていること、集中する必要があることなど)に意識を向けて慣れていくために便利であるからです。
 
ただ、無意識に自動化された習慣が、あるときには新しいことに取り組む際のボトルネックになりうるということも、認識しておくことが必要です。
 
例えば自動車の運転で軽自動車だけを運転している人が、引っ越しやら荷物運びやら何やらで、1トントラックを運転するとしましょう。
 
そのときは、トラックの大きさや出る音の状態など、軽自動車とは変わってきます。
 
注意するポイントも、内輪差でぶつけてしまうかもしれません、重さも違ってくるので、加速感だってことなるでしょう。
 
そのときに、軽自動車の運転感覚という重要性で普段から親しんでいると、痛い目を見かねません。
 
では、どうするのかと言うと、ひとつの視点として、
 
より高い視点で普段から行動を見る、
 
ということをお勧めします。
 
どういうことかというと、
 
軽自動車を運転しているときに、
 
軽自動車という枠組みではなく、
 
道路を走行する車両、乗り物として、
 
軽自動車を運転してみるということです。
 
常に一つ上の視点で考えて行動してみる、これがポイントです。
 
そう癖づけてくると、車種が変わったとしても、
 
注意するポイントには普遍的なところが共通しています。
 
軽自動車しか運転したことがないから、トラックなんて運転できない、
 
といったマインドにはなりにくいです(個人的な体感です)。
 
注意するポイントは似ている、規模が違うために押えておくべきポイントも、おのずと見えてきますし、視点を高く過ごしていることで、自分のできることが潜在的に多くなっています。
 
それは、新しいことを素直に習得することや、可能性を広げて成長していくことに対して、建設的に作用します。
 
自動車の運転を例にしましたが、一つ上の視点でものごとを捉え、そのように意識に上げた上で、日常の行動に働きかけていくことが、人間にはできます。
 
この文章を読んだあなたも、この文章を読めたということは、潜在的にできるということです。
 
あとは、やるだけです。
 
そうすると、車両を運転するということを広い領域でできるあなたに、なってしまっているのです。
 
もちろん、練習して慣れていくことは必須ですが、視点を高く持っているということで、
 
できないことはないというマインドセットが、先に来ます。
 
それだけでも、視点が低いままの状態と比べれば、大きなアドバンテージとなります。
 
これをヒントとして、日々自分が行っていることを、一つ上の視点でみたときに、どういうことに広げられるのかな?
 
ということを考えてみると良いでしょう。
 
重要なものが、身近にもっとたくさんあるということを、認識できてくるということです。
 
また、重要なものというラベルを貼ることで、
 
新しく習得したいことや望ましい状態を得るために必要な情報を、半ば強制的にみずからに働きかける・仕掛けることもできます。
 
これは重要だ!
 
と、無意識的には現時点で思えないことでも、
 
重要だ!
 
として、意図的に認識に上げていくことで、
 
いつのまにやら刷り込まれています(テレビCMなどはまさに刷り込んできているとも思います)。
 
他者から刷り込まれた価値観を、さもみずからの重要性の高いものとして、踊らされることは、個人的には好ましいとは思いません。
 
だからこそ、でき得る限り自分で重要なことを設定して、自分の軸での判断基準をアップデートしていくことが必要です。
 
大丈夫、できます。
 
設定してみてやってみるだけ。
 
違和感を感じておかしいな、うまく言葉にできないけれども好ましくはないよな、
 
というようなことであっても、
 
それはみずからの重要性が、外側からの刷り込みと、自分の中でのものが、不一致の状態になっているのかもしれません。
 
そうしたら、意識に上げてみる。
 
意識に上げれば、上げていないよりはコントロールしていくきっかけとなっていきます。
 
たとえるなら、切り取り線を設けて(意識に上げる)、紙をカットする(望ましい方向へ向ける)かのように、割とスイスイッ^^とやっていけるでしょう。
 
抽象的な表現での記述ともなっているため、こんな感じ?
これはそうかな?
 
といった取り組みを、個々人でやってみて、アウトプットしてみることで、より精度を高めていけます。
 
楽しく、重要性を揺らして並び替えてみて、より良い方向に進んでいけることを応援しております。
 
ありがとうございました。