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シンプルライフ時々晴れ^ ^

周りをよく観て、自分も観えてくる

話し方の意識上げ

無意識にやってる対話という日常を意識してみる
 ふと思ったこと。
 話し方は案外無意識ということ。
 テンポ、声色、視線、姿勢、間、スピード、、、、
  
  意識に上げてみると、まあそうだわなと、重要性があえて意図的に上がります。
 
  初対面であれ旧知であれ、他人の印象を無意識に受け取って(情報処理して)、その人をカテゴライズや判断をしてしまいがち。
自分の重要性評価関数によって、なんか良い人そう、ちょっと警戒、怖い、優しそう、なんか落ち着く、
 
などといった、人を評価しようとせずとも、なんとなくこんな人かなと、自動で認識してしまっていると感じます。
 
その人がどんなことを考えているのか、どんな癖があるのか、もちろん細かい情報は話したり観察してみることで、細かくわかっていけるというのはありますが、ある程度はじめに認識した印象というのは、なかなかひっくり返りにくいものです。
 
だからこそ、第一印象は重要(すべてではありません)と言われているのかなと思います。
 
私たちは、意図しようとしまいと、ついつい思い込みで判断してしまいがちな生きものだということを、自覚したうえで、短絡的に人を判断してしまわないように、あえて能動的に働きかけるように頭を使っていくことが必要だなと思います。
 
この人はこうだ!
 
ということを、決めつけてそこにとらわれてしまったら、他の部分が、良いところもたくさんあるということなどを、見えなくなり得る、見えなくしてしまいがちということを、しっかりと意識にあげてみましょう。
 
そうすると、他人の言動に右往左往したり、イライラしたりということが、段々に少なくなっていけると思います。
 
イライラしたり焦っているのも、みずからの心が生み出しているもの。意識に上げて認識したら、それをやめたらいい。
 
その代わりに、この人のいいところはどんなとこだろう?
 
というフィルターでもって観てみることで、感情優位での判断は減少していくでしょう。
 
論理やフレームとして、その人との関係性を自分がどう構築していくのかということを、冷静に俯瞰して取り組んでいける可能性が広がります。
 
また同時に、自分自身も他人から観られており、関係性は双方向です。相手がそのように反応するのは、自分自身がそう反応させるように働きかけているという側面もあります。
 
他人のふり見て我がふり直せ、という格言があるように、他人は自分の鏡、感情は双方向に伝染するから、どうせならより建設的で望ましい、お互いのゴールの共有できる部分に働きかけていくことが大切だと思います。
 
くどくどと書いてはいますが、明るく元気に前向きにというスタンスであなた自身がいれば、周りにも影響を確実に作用させています。
 
そして、自分自身も影響を様々な情報から受けていることを、
 
繰り返しになりますが、
 
意識に上げる。
いしきにあげる。
い・し・き・に・あ・げ・る。
 
ということが、まずスタート地点。
 
リラックスして一日5分とかでも、静かなところで行うことで、
 
頭の掃除、手入れにはなります。
 
それだって立派な瞑想。
 
お寺にいったりせずに、日常の当たり前をしっかりと見つめて、とらわれていること、見えなくしてしまっていることを、見ようと働きかける。
ときには知識が不足しているために見えないということもあり得る。そんなときは課題は明確。知識を更新するだとか、見えている人に聞いた話したり、一緒に見てみたりと、淡々とやるだけ。
それをやることで、相手にも見えていない部分を、双方向に気づかせ合うことができうるのが、人と人の関係性の面白いところだなと思います。
 
いろんな経験をする、いろんな価値観を知る、といったことで、私たちの世界を広げていけると私は確信しています(根拠はまったくありません^^、それで良いと思っています)。