シンプルライフ時々晴れ^ ^

周りをよく観て、自分も観えてくる

縁起の実践と日常の悩みの関係

縁起というのは、


すべてのものごとは関係性によって成り立っており、


まず関係性があり、そこに役割を持たせる、意味づけを行うのは自分自身だと決めることが、


まずはじめに行うことです。


はじめといっても、日々一瞬一瞬が始まりと終わりの裏表であり、そうでもなく、


常に関係性は揺れ動いています。


親があるから子がある、

子があるから親がある、


ということでもなく、


2者の関係性が先にあり、


そこに、「親」、「子」という仮の役割を持たせて、それぞれに機能を果たしあっているということです。


また、ビジネスの用語にはバリューチェーンと呼ばれるものがあり、


例えばあなたが小売業に関わっているとすれば、


それを受け取る、購入するお客様がいます。


また、商品なり製品を卸してくるにあたっては、仕入先にとってあなたはお客様でもあります。


仕入先も、さまざまなメーカーが関わっており、原材料は海外から輸入しているものもあるでしょう。


さらに、流通させるにあたっては、運送屋さんもいて、


運送のトラックや船、飛行機、人手も、それぞれに役割を果たしています。


どれ一つ欠けていない、あるいは多様な手段や関係性を臨機応変に繋いでいった上での結果として、あなたの元にものが届いています。


そして、あなた自身が行っていることも、厳然たる役割を果たして、


また誰かのもとに伝達、輸送されていきます。


そういったネットワークが、縁として繋がり、広がっていったひとつのシステム・枠組みが、社会の姿です。


関係性をどう観るのかということが、また、どう繋いだり整えたりするのかということが、


悩みと呼ばれるものを考える上で必要です。


悩みとは、

関係性が望ましく機能していない、自分が求める関係性を相手と共有できていない、

相手の望む状態を正しく観れていない、


などといったことから、


お互いにみずからの視点や役割を固定化させてしまっているがために、


望ましくない関係性を維持・強化しようとしてしまいます。


会社組織であれば、


上司と部下の関係性が取りざたされることが多いような気もします。


部下が言うことを聞かない、上司が何もわかっていない、


などということで、


お互いにそのような関係性を構築してしまっています。


もちろん、些細な行き違いが意識しないうちに積もり積もって行って、気づいたらそんな関係性になっていたということも、往々にしてあるかと思います。


あなたが上司という役割なのか部下という役割なのかはわかりかねますが、


どっちもどっちであります。


それぞれの背景には、


網の目のように、


家族やお金、趣味、仕事の関係者とのつながりがあり、そこが相手にそのまま見えているわけではありません。


何のために仕事をするのか?


ということを考えたときに、


私自身は会社員という立場で現在過ごしていますが、


社会に企業の役割を提供するということがあります。


それだけだと抽象的ですが、


例えば共通することとして、株式会社なら株主の利益となることをする、すなわち営業利益をあげ、株主に還元し、企業価値を高めていくこと。


それによって、雇用が創出されたり、新しい付加価値を生み出すための投資が行われていきます。


ここで大切なのは、自分が想像している範囲以上には、思考が働きえないということです。


視点を高く持つ、そして上げ続けることで、考えを巡らす、縁起を広げていくエネルギーが高まってきます。


それは、ヒラ社員だろうが部長だろうが社長だろうが関係なく、企業組織の構成員として同時に、


一人一人が会社のオーナー(株主)であると想定したときに、


何が一番オーナーの利益となるのかの視点を持って俯瞰し、


日々の業務に望む必要があると思います。


翻って、


日常の悩みというのは、


みずからが悩むような縁起を自覚無自覚によらず生み出し、


そこに強い臨場感や、(誤解を恐れずに言えば)居心地の良さ・慣れ・当たり前感を持ってしまっているということがあります。


そして、縁起を変えていくことで、相対的に関係性は変わります。


人間はみずから意識化することで、

ものごとを一段高い視点から観て、そこにある情報を操作していく能力が備わっています。

脳の部位でいうと、前頭前野の働きかけをしていけるということです。


悩んでいるなら、


それは自分の心が生み出した情報であり、


悩むのをやめたかったらやめればいいわけです。


やめれないから悩んでいるんです!


という反論もありそうですが、


やめれないならもっと悩めば?


ということも言えます(ただ、人それぞれの背景は複雑になっているため、相手を観ずに通り一辺倒でそのようにいうわけにはいきませんので注意)。


関係性がどうなっているのかを、感情は抜きにしてただ並べてみる、必要なら人に話したり相談して行えばいい(そんな職業もコーチやカウンセラー、セラピスト、お坊さんなどさまざまに存在しています)。


その上で、


自分の脳と心が、どのように情報を処理しているのかということを見つめ、


その上で、より望ましいと感じる、楽しいと思う方に、情報を更新していくことが、


縁起に働きかけるということではないでしょうか。


付き合っている人間関係が3年とか変わらない、というのも、


もったいないような気もします。


新しい人間関係を、何歳になっても構築していくこと、新しい挑戦を趣味でも学びでもしてみること、


そうすることで、みずからの縁起を揺らしたり広げたりして、


より高い視点からものごとを見ていけるようにするのは、一生をかけても足りないかもしれません。


ただ、すべてを俯瞰するといった果てしない過程だとしても、その道中は楽しめばいいし、自分が成長することで、周囲の成長を促すことも、相互にやりあえてくるのではないでしょうか?


そうやって人は歴史を紡いできましたし、現在進行形で未来へ働きかけ続けています。


縁起は未来に対して働きかける、


その視点を持って、


(過去に囚われて変わらない人はその人のタイミングで気づくかもしれないし気づく前に寿命を迎えるかのどちらかです)


今自分自身が現状の縁起の外側に出て行って広げていくことを、選択するかどうかです。


時間は有限であるからこそ、


その中でどれだけのことを楽しむのか、


どんなことを成すのか、


ぼちぼちリラックスして考えてみたり話したりしてみて、


縁起を造り上げていくことが肝要かと思います。


実践のワークとしては、


ひとつシンプルなことを。


何か感情が動いたり悩んでいると感じたときに、


一旦立ち止まり、


すべては自分の心・縁起が生み出していることである、


ということを繰り返し刷り込んでみることです。


そうして内省的にみることによって、一段高い視点に立とうとし続けることが、悟りの方向性かと思い、個人的にも繰り返し中であります。


すべては関係性によって成り立っています。


読んでいただきありがとうございます。