シンプルライフ時々晴れ^ ^

周りをよく観て、自分も観えてくる

大乗精神の考えを思索

小乗からの大乗へ
 
仏教的な観点からみると、小乗というのは一人乗りの船(小さな船)に乗って、悟りへの道を進むものであり、出家したお坊さんや山に籠ったり、瞑想して修行に取り組む人をイメージするとわかりやすいかもしれません。
 
一方で、大乗というのは大きな船により沢山の人と乗って、楽しくワクワクしながら、悟りでもあるし人生の充実という道を進むものという観方です。
 
どちらが優れているというものではありません。その人が選択した生き方・在り方です。自分自身が何を使命とするのかを問い、設定・更新していくことで、大乗ともいえるし小乗ともいえる在り方があるだけです。
 
まず、自分自身を見つめた上で、周りと仲良く進んでいこうとする心の姿勢が、社会生活を営む上では必要なことであると感じます。
 
小乗から大乗へ、そして、いろいろな人生の領域(仕事、お金、健康、趣味、社会貢献、自己成長、学び、教育、などなど)において、バランスをとった上で、あるタイミングでは自分一人のための領域、あるタイミングではより多くの人と関わる領域として、冷静に状況をみて楽しめばよいと考えます。
 
大乗で重要なこととしては、現代の日本はお釈迦様の時代のインドのように、飢餓や天災、強固な身分制度といった背景ではないため、現代日本人としてはお釈迦様の説いた大乗思想を当時の言葉そのままで伝えたとしても、いまいちピンと来ないかもしれません。
ただ、誰かのためにだとか、相手も自分も思いやるといった精神性は、時代を越えて普遍的なものであると思います。
より多くの人が、冷静な視点でリラックスしたうえで、ワクワクするようなイメージや世界観をもつことが、幸せと呼ばれる状態に、さらに近づき広げていくことが、人類として共有できる部分ではないでしょうか。
  一人よりも二人、二人よりも三人、せっかくならみんなみんな、能力を個々人に高め、発揮していくことが、遠い未来へのプラスの働きかけになると私は思います。
 前回までの記事では、小乗的に、まず悟りましょうという感じで書いていたため、冷静ではありますが、どこか冷めた感じ、エネルギーの減衰を感じていましたが、
 ワクワクすること、望ましい状態を人々と喜びを共有するという視点を加えたことで、大乗的な視点を体感するに至りました。
 みんなみんなが元気で笑っていられますように。
 そんな素朴でシンプルな想いを、久しく重要視できていなかったことに気付けてよかったです。これは、七夕の短冊をショッピングモールでみたのがきっかけでした。子供たちの素直な願いに、私は教えられました。
 「おじいちゃんのびょうきがなおってまた会えますように」
という主旨の短冊を見たときは、思わず頭に雷が落ちたように、感情が動きました。
 素朴な、しかし一生懸命エネルギーをぶつけたような文字は、それだけで私の心の状態を書き換えてしまいました。ありがとう、と伝えたいです。
 小乗や大乗だといって、理論的な説明をしていても、短冊一枚であっさり、一瞬で書き換わります。
それだけの能力が人間にはあるし、それは現代の鬱屈していると言われる時代であっても、希望があるということがわかります。
そして、その希望は私たちひとりひとりが持っているものですし、これからの未来を担う子供たちのちゃんとしたお手本として、大人はいないといけません。
さらに、100年後200年後の未来へと、考え方や心の在り方を、年齢としては先に消えていくであろう私たち大人が、まず自身を整えて、真摯に伝えていく必要があります。それが、一人一人にとっての、使命ではないでしょうかと思う次第です。関わる人たちを大切に、そして広げていく、それは今のあなたのいる関係性の中では、その周囲に対してはあなたが働きかけていくこと、あなただからこそできることであるということを確信していく道であります。

応援しています。

応援しているということが応援されていますという双方向的なこともあり、感謝いたします。