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シンプルライフ時々晴れ^ ^

周りをよく観て、自分も観えてくる

マジ勘弁してよ、もう!

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ともすると、乱暴だとか、粗野とも捉えられる言葉を、極力避けていた自分がいる一方で、


それを認識している自分もいます。


くそッ!

このやろう!

あほ!

ふざけんな!

バカタレが!

ハ!?(威圧)

オイィ!

ダメ!!


使ったとしたら、


怒りや苛立ち、焦り、憎しみなどの感情が入れば入る分、直情的にエネルギーは高くなる感じがします。


飛んできたら、ヒラっと躱す、いなす、そんなイメージを日々チョビチョビ練習し続ける。


それを人にぶつけるのは、好ましいとは思わないのでやりませんが(やってるかも汗)、それを持たない人もいないのではないでしょうか?



少なくともそんな人に会ったことがないだけなのかもしれませんが、誰しも、感情はあります。


そして、人間は感情で動きます。


ネガティヴだと思われる言葉の裏側にも、その人の

「こうなってほしい、こうありたい」

といった葛藤があります。

(思考停止してただ吠え立てているのは論外だとも思いますが、ここではやめておきましょう。自分自身にだってありうることなのだから)


そして、声に出したり書いたりアウトプットしないだけで、


言葉の前に感情の動きとして、身体には反応として表れている(表情や呼吸、姿勢など)。


感情を抑え込むと、身体の声を聴きにくくなるというのが、個人的な体験としてあります。

息が浅くなって筋肉も固まり、頭が回転しない、身体が動かないなど。


喜べなくもなるし、楽しめなくもなるし、笑えなくもなる。


それらは、しんどい。しんどいちゃん、夏だから。


そうすると、どこかでバランスを取ろうとして、心身に不調をきたすことも、多々経験。


そういうときは、冷静に考えられなくなるスパイラルにハマっていくような感じです。


もやもやしている人は、感情を吐き出し切って、頭の中を一掃してみる必要があるのではというのが、ひとつの提案です。


大きい声を出す(カラオケとか)、走る(胸が裂けそうなくらい)、


そうやって、抑え込んできた感情を、身体の方を先に動かして、スッキリさせる。


人目も気にせず、泣きたいだけ泣くのもいいのかなと思います。


泣いていいんですよ、だから人は泣けるのですから。


そんなことを繰り返して、段々鍛練となること、日々を味わい尽くすこと、それが醍醐味になると、瞑想したら思いました。


ありがとうございます。