シンプルライフ時々晴れ^ ^

周りをよく観て、自分も観えてくる

今考えたことは未来で使う

人間は過去の記憶に基づいて、目の前のことを判断し、行動します。


以前に上手くいかなかったことを記憶として持っているから、またやるときにそのポイントが意識できて、次は上手くいかなかったときと違う方法で、こうしようと働きかけることができます。


これは、誰しもが無意識に経験してきていることです。


私の場合、運転免許取得の教習が例として思い浮かび、個人的に繋がりました。


教習所に通い始めた頃は、マニュアル車であればエンストしたことがある方は少なくないのではないでしょうか?

クラッチを滑らかにつなぐ感覚というのは、ガタガタガタ、ドドドンッ!とエンストしたときの体感をフィードバックして、どれくらいの力加減でやるとスムーズなのかを調整して習得していきました。


私が参考にしたのは、膝でクラッチを上げ下げする感覚。


そうすることで、クラッチに触れている足先や足首などに過度に意識が向かず、自然に力が抜けて滑らかにクラッチを操作できていたのかなという、個人的な体感です。


それはもう10年とか前の記憶ですが、それを様々な場面に応用して今に使っています。

 

例えば身体をゆるめるときには、そこを意識から外すというかズラしてあげて、楽な状態をぼんやりイメージしてあげる。

そのときに意識したことのない新しい部分に意識を働きかけて強調してみることで、全体として1番肝になる部分が無意識に隠れ、ゆるんでしまっていたということの具体事例として、車のクラッチ操作を利用できました。


身近なところで当たり前にできていることも、昔なら悪戦苦闘しながらやっていたことは、思いの外あるのではないでしょうか?


そこを少し思い出してみて、上手くいってなかったけど上手くいくように練習したことを、体感として引き出してみることをオススメします。


あれ?簡単にできるやん!

という体感が欲しいところです。


そして、人間は余分な情報を意識から捨てて、抽象化したエッセンスだけ活用するように最適化する能力があります。


教習所で何時間と練習した記憶を、今運転するときに全部情報として持っている中で、安全にスムーズに運転して車を動かせるポイントだけに厳選して、一瞬の処理で運転しています。

これは、練習してしたらした分だけ、より上手になっていきます。


また視点を変えてみると、教習所に通っているときに、未来でスムーズに運転していることを先に予約して設定していたからこそ、慣れない教習所の練習に飛び込んだのだと思います。その設定には、今まで自分が助手席や後ろの席で観てきた、先輩ドライバーの姿がヒントになったのかもしれません。


それは無意識にやっていたかもしれません。


しかし、この変化が激しい世の中では、流れに任せて無意識に情報を受け身で取るだけでは、その情報を流している大元の仕掛けに乗ってしまうことになり得ます。

そう納得して乗るのは良いですが、意識に上らずに乗ってしまえば、言葉は悪いですが他人の操り人形です。私はそれは嫌です。


なので、今未来に対してゴールイメージを考えたり行動して作ってみて、それが勝手に過去に流れていく、まいうスタンスをとります。


そして来たる未来では、今から見ると未来ですが、未来から見るとその瞬間が今であり、そのときは今現在の自分が作った記憶を参照して未来で動くことになります。


そうやって情報が受け継がれていく。それの繰り返し&負荷の向上や人生のバランス


各種さまざまなさ表現はありますが、そこに囚われたら上手くいかない情報があるとすると、それが時間経過とともに離れていって、無意識に行ってしまいます。

忘れたと思った頃に、ふと思い出すものが自分が自分に無意識で働きかけていたということです。