シンプルライフ時々晴れ^ ^

周りをよく観て、自分も観えてくる

人を勝たすこと、勝たしあうこと

こんにちは ぱーそなるこーちのみうらです。
⇨持ち上げる人がいればそりゃあ持ち上げる人がいない人より高い場所にいけるでしょう

↑先生からの言葉

圧倒的にその他大勢であることを自覚した上で、周りを持ち上げた方が、やることはシンプルでわかりやすい。

抜きん出たい、目立ちたい、成功したい、

などという我欲は、視野を狭くして、あらぬ方向へ暴走・迷走させかねない。

人のためっていうのも、多分、気のせい(どっちでもいい)。

周りをみると自分がわかるというのも、多分、気のせい。

よくわかりません(・ω・)

わかったふりをしてるだけ。

だから、より相手を理解しようと、トンチンカンなこともしながら、転んで起きて進んで戻って、段々に昇る。

周りを持ち上げたら、見返りで引っ張りあげてもらえるかというと、期待しない方がいい。

相手に委ねて、思考が止まりかねないから。

やったらやった分、そのときそれだけ、くらいで、良いも悪いも禍根を残さないという理想的?な状態を設定。

ただ、例えば自分が上司、親、教師、講師、先輩といった、誰かを指導・育てる立ち位置にいる、将来的になる、というなら(望む望まざるに関わらずなり得る)、

形式上は下に付いてくれている方々に対して、

どう関わることがお互いにハッピーなのかを考えたときに、望ましい状態をイメージすることはできる気はする。

周りを活かすのが上手い人が、なんだかんだ集団の要として、生産性を高めている、ように感じる。

また、直感は案外アテになる。

違和感を感じたら、変化するチャンスだし、違和感を感じるレベルなら、同様に違和感を感じている人もいるはず(いなかったら自分が主導で改善したっていい)。

それが自分の知識や経験の不足で、相手にとっては想定済みなら、それはそれで、相手(より詳しい方)から学ばせていただき、ありがたい。
(会社組織で周りをみたり実体験してみての所感)

それは、人と話すきっかけになるし、お互いに共有できたら、また新しい人に伝えられるようになって望ましいと思う(もちろん正解はひとつではないので、そのときの解釈も古くなることは覚えておき、違和感を感じる毎に更新は必要)。

やっぱり話しかけられたり質問されたりと、頼られたら嬉しいでしょうし、頼られるから頼ろうとも思える。

関係の上では、本質的には対等。
形式上は上下とかいう、わかりやすい役割。

それすらどうでもよくて、形式は人が決めたものだし、それだけに囚われすぎると、柔軟性や臨機応変が機能しえない。

全体を俯瞰して、きっちりちゃんと、淡々とコツコツやる、ということの繰り返し、それが後々に効いてくる。

さらに先生から、

→やらない後悔よりやって後悔っていうけどそれでも後悔したくないよね

と。

後悔は主観なのでどうでもいいが、やらなかったら、有限の時間がその分だけ無くなったという事実が残るだけ。

それを後悔というのかもしれないし、やらなかった分、他に何かやってたわけだから、結局今しかないなら、現時点で最高(^^)

として、やりたいと思うことをやってみるということの反復。

どうせなら、
・やったことのないこと
・苦手だと感じていること
・得意なこと
・どうでもいいこと

など、ジャンルを限定せずにランダムにやってみて、そのときどきの自分の感じ方を知って開発していくと面白くなってくるのかもしれない。

ついつい変化を避けようと、入ってくるノイズに反応(ある意味で居心地よく慣れ親しんでいる)して、もしかしたら不必要な同じことをしているかもしれません。

本当に優先することは何かは、思考してみてアタリをつけることを、定期的に整える時間が大切だなと思います。

→成功も失敗も3日もすれば人に忘れられる。

(以・ω・上)